私は平成14年に、初めての子を流産しました。その出来事は私にとって、人生を変えてしまうような出来事でした。その時のことを、すべて書いていこうと思います。もし、流産して苦しんでいる人がいるのなら、その人たちがこのエッセイを読んで、少しは前向きに考えられるような内容を書きたいと思います。
私は不妊治療を高校生の時から受けていました。不妊治療といっても、若かった為、入院をしたり、辛い検査などはありませんでしたが、薬を貰って排卵させる、とった簡単なものでした。極端なダイエットがいけなかったのか、当時から月経が定期的に無く「無排卵月経」と医者に言われていました。無排卵月経というのは、妊娠はするものの、とても難しいらしく、先生も「妊娠は難しいですね。」と、当時高校生の私に言いました。
そして彼氏ができて、1年同棲し、結婚をしました。同棲しているときから子作りをしていました。しかし結婚して3年が経っても子供が出来ません。実質4年間の不妊生活…。何十年と子供が授からない方には申し訳ないのですが、私なりに深く傷ついていました。周りの人達がそれはもう、羨ましく感じ、少しの期間でしたが、子供が居る家庭に、妬みさえありました。
そして、神様のプレゼント…。妊娠をしました。3年、結婚生活4年目に入ろうとしていた頃でした。嬉しくて嬉しくて、何回も涙がでてきました。嬉し涙なんて流したことがなかったので、自分でもビックリしていました。勤続年数が長かったパートもすぐに辞めました。
しかし、妊娠9週目で「頸留流産」をしました。胎盤の中で胎児が死んでいたのです。手術をする前と、した後は、あちこちが痛くて、たまりませんでした。一番は心が痛かったです。どうすることも出来ない悲しみが押し寄せてきます。ろくにご飯が食べられなくなり、どんどん元気がなくなりました。誰にも会わなくなり、喜んで報告した人たちに、また流産したことを報告する手間が、面倒くさく感じ、ずっと一人でこもっていました。
しかし、それから数日が経ち考えました。もとの自分を取り戻そうと、たくさん考えました。そして二つの考えが生まれました。一つは、「私よりも辛い人は、もっともっといるはず」そう考えるようにしました。実際に、一度でも妊娠できる事実が判明しただけで、私達夫婦は幸せなことなのです。一度だって妊娠したことが無い人たちが、何万人もいることでしょう。そんなことで落ち込んでいたら、その人たちに申し訳がない、と考えられるようになりました。あともう一つが「このまま子供を授かってはいけないと、神様が言っている」…という少し宗教的な考えが出てきました。きっと、もっとひとりで何かやらなくてはいけないのだという運命だと感じ、前に進みました。そして、やらなくてはいけないことを達成したときに、また子供を授かると信じ、生きました。
これらの発想が出てから、私は前よりも強くなりました。「このままではいけない」と、強く思うようになり、様々なことをしました。リバウンドが続いていた為、ダイエットを決行。トレーニングジムに通い、些細な容姿に気を使い、前の生活疲れをしていた私を、独身の頃の私に変えました。そして、一番の決意は「一人で何かをやってみる」…友達の住む、アメリカに行くことにしました。バスや地下鉄も一人で乗ることが出来なかった私は、一人で初めての海外生活をしてみることにしました。それは旅行、観光ではなく「生活」を体験しに行くことでした。たくさんの経験をし、生活拠点も転勤で転々として、人よりはたくさんの事を見てきたつもりの私でしたが、そんな狭い日本から出て、海外にいけば、きっともっと何かが見つかる、そう考えたのです。
アメリカの友達も、私のことを解ってくれ「こっち来ても一人でいろいろやってみな」と、彼女も結婚しているにも関わらず、長期間も滞在させてくれることになりました。私の旦那様はとはいうと、渋々でしたが、応援してくれる結果になりました。こうして、たくさんの援助のもと、アメリカへ行く準備ができたのです。
この先のことは、またエッセイに書きたいと思います。続編として見てみてください。
今回は流産からヒントを得て、広い視野で物事を考えられるようになりました。狭い自分ばかり見ていると、ちょっとしたことで怒ったり、悲しんだりしてしまいます。自分のことを大切にするのなら、やはり周りのことも広く知ることだと思います。「自分だけが何故?」と思うこともあるでしょう。でも、そこでもっと周りを見て欲しいのです。自分だけではないということを…。