夜間福祉専門学校の福祉免許を取る為に、4日間の実習が行われました。それは実際に老人ホームなどでお仕事をするというものです。4日間という短すぎる研修の間に、私を含め5人の研修生の中で、たくさんの出来事、事件が起こりました。そして私の中で福祉に対しての、様々な熱い思いが込み上げてきました。今のこの大切な気持ちを書き留めておきたいと思います。

 まずは、私の研修先となった「グループホーム」というものについて説明しようと思います。「グループホーム」という響き…皆さんの中にも初めて聞いたという方もいるかもしれません。海外ではすでに主流となっているシステム(リタイヤハウスと呼ばれている)で「痴呆の方のみが集団で生活をする」という場所です。日本では「痴呆である」と国・医師から認定された人でないと、その施設には入れないという、しっかりとした規定もあります。その施設の方針は「アットホームであることが前提」というもので、料理・買い物・洗濯・掃除…入居者の方が分担で行い、分担が出来ない事情があれば、出来る人・気が付いた人がする、という本当に家庭そのもので、自然に共同生活を送る場所です。「病院施設・老人ホーム」など、施設側が入居者の時間の管理をするというものとは全く違うものです。このシステムはこれから、どんどん日本にも取り入れられ、施設も増えていき、定着することは間違いないでしょう。その人らしさを大切にする、個人を尊重するという意味で、本当に進んでいる施設だと思います。

 実習はまず、院長とのミーティングから始まりました。「皆さんが入居者の方にしてはいけないことは何ですか?」という議題が出され…。教科書通りに「医療行為」と皆は口を揃えて言いました(薬を塗る・シップを貼るというのも医療行為。医療行為は、医師か看護士でないとしてはいけないという福祉の中で条例がある)。しかし、答えは違いました。「自分の意見を相手に押し付けてはいけません。痴呆を受け入れて下さい。」…院長のその言葉に、この施設は何かが違う、とはっきりと感じました。

 1日目2日目の実習は、スタッフ業務は勿論、入居者の方々とコミュニケーションを取り続けました。口が渇いてしまうほどお話しをして、胃が痛くなるほど気を使いました。入居者一人一人を良く観察し、情報を取り入れ、それぞれに接する態度に変化をつけ、自分なりに精一杯がんばりました。その結果「あんたが来てくれてよかった」「あんたがこの中で一番好き」などの嬉しい言葉をたくさんの方から頂きました。私が心を入れれば入れる程、相手に通じ、相手も私に対しての接し方が変化をする…という満足感は本当に感動的なものでした。その中で良いことばかりではなく、悪いことも起こります。先ほどまでニコニコとお話していたのに、急に怒鳴られることもあります。しかし「何故、怒鳴られたのか」をよく考え、その人のその時の状態も受け入れてみるなど努力をしました。痴呆の方の行動・発言はすべてに意味があるそうです。痴呆で記憶が無いといえ、意味がないのに、人に怒鳴ったり、変な行動はしないのです。怒鳴られたのなら、私の接し方が気に入らなかったのでしょう。言葉使いが気に障ったのでしょう。

実習3日目と4日目は、私の班が、痴呆の程度が重度な人達が集まる棟に配属することになりました。そこでは、入居者一人に対し研修生一人の担当を付ける、という施設側からの提案があり、その決め方が「くじ引き」でした。実習3日目のくじ引きで、私は比較的軽度な痴呆の方の担当に決まります。可も無く不可もなく担当役割をこなして行くことができたのですが、一番の重度な痴呆の方に当たってしまった研修生は、その方に一日中怒鳴られ続けました。その人は勿論、それを見ている他の研修生は徐々にその入居者に近づこうともしなくなりました。それに私が気を使い、担当外でしたが、合間を見て、怒られながらも接触し続けました。

その重度な入居者はというと、昔の役職からか頑固でプライドが高く、すぐ怒鳴り散らし、会話も人との交流も外出も嫌うという性格的にも難しい人でした。そして失禁や放尿などの行動もあります。(福祉用語で要介護度4というもの。全部で5段階)本当に介助どころか、コミュニケーションも取ることが出来ない人なのです。

3日目が終わり家に帰り、一日を振り返りました。思うことは、一番重度の利用者のことばかり…。皆に嫌われている彼を私は逆に気になっていました。よく思い出して見ると、その入居者は人の行動を目で追います。人が何をしているのか、常に気になっているようなのです。「本当は寂しいのではないか…」

実習4日目、残り一日だというのに、同じ研修生の人から「あの人にこんなことを言われたから、もう私はあの人の面倒は見たくない。」など愚痴を言う人が出ました。またある人は「早く終わりたい」と言い、掃除ばかりして、入居者の方々と接触しないようにしている人もいました。最初の院長の言葉と、勉強しにきている意味をわかっていない大人がいました。私の母の年代の人達です。本当にがっかりしてしまいます。そのような人たちの中で、やはり事件は起こりました。

4日目の担当決めはやはり「くじ引き」でした。私は、また比較的軽度な方に当たります。しかし、一番重度な彼の担当に、また昨日の研修生が当たってしまったのです。私は、くじ引きだから仕方が無い…と業務をこなしていると、恐る恐る他の研修生4人が私に近づき「○○さんと変わってあげて」…。私はビックリしました。どれ程嫌だったのか「まことさんが向いている」と皆で私を名指しするのです。…私の母と同じくらいの年齢の人たちが、この一日をいかに楽にこなそうと、重い労働量の擦り付け合いをしていたのです。私は本望なことだったので、引き受けましたが彼女達にある質問をしました。「私が向いているというのはどういうことですか?」そう強めに言うと「まことさんがね、いつも彼とよく話をしているから話し上手かと思って…」という返事です。もう、その時は涙が出るほど怒れてしまって「皆が誰一人として、彼に近づこうとしないからじゃないですかっ」と人生の大先輩相手に怒鳴ってしまいました。私の彼に対する心の入れ方を、単なる「話し上手」で片付けられてしまった事が本当に悲しくて、許せなかったのです。その怒りを少しの間見せていると皆でヒソヒソと打ち合わせを始め「じゃ、ジャンケンをしよう」と言ってきました。もう、そこまで行くと呆れてしまいます。「ジャンケンとか…くじ引きやり直しとか…そんなに彼のことが嫌なのですか?」私は怒りを通り越し、笑えてきてしまいました。

気になる彼担当の一日は、というと…。勿論、ハッピーエンドです。ずっと私は、彼の元を離れませんでした。私は彼のテーブル座席の斜め前に座り(前や横だと対等な雰囲気を与えてしまうと思った為)、午前中は、何度もお茶をお出しして(たまには味も変化をさせる)、何も言わず何時間もニコニコとその人を見守り続けました。そうすると徐々に彼の顔が笑顔になってきます。会話も一言二言増えてきました。午後になり、外出することを嫌っていた彼が、皆で外出をし、皆で海を見、皆でレストランで食事をしました。バスの中では、鼻歌まで飛び出し、次は大声をあげて歌いました。帰ってきてからも私は彼に離れず、介助ですが一緒にお風呂にも入りました。スタッフの方も彼のご機嫌さにはビックリしており最後にはお礼を言われました。「お風呂まで入って…こんな日は滅多にないのです。貴方が一緒にいてくれたからですね。有難うございます。」

5時に実習を終えますが、ぎりぎりまで彼と一緒にいました。私は彼の手を握り「貴方に会えて本当に光栄に思います。有難うございました。」と心からお礼を言いました。すると彼は「あんたは、おかしか(変な)人だ。芸者のごた(ようだ)。」と大爆笑をします。そして寒がりで外出嫌いの彼が、暗い寒々とした夕方に玄関まで、なんと見送りに来てくれたのです。

帰り道、乗り合わせていた他の研修生たちに「まことさんは介護に本当に向いている」と褒めてくれました。しかし、私は心の中で「私には向いていない」と思いました。その理由が2点あります。

1点は、4日間私が接してきた、私の事を好きだと言ってくれた人たち…最後に心を開いてくれたあの彼…明日になったら…いや、もう現時点で、私の存在は、彼らの記憶から消えている訳です。家族の存在までも忘れてしまう痴呆…。未熟な私は、それを思うと、寂しくて仕方がなくなってしまうのです。

二点目…。最後のミーティングで院長が「痴呆により、記憶が無くなっていく不安…。自分が無くなっていくという恐怖を少しでも理解してあげて下さい。」と言いました。しかし今の私には無理です。受け入れることはできても、理解が出来ません。それができるようになるのはきっと、何十年も先でしょう。少なくとも、老いという日々の寂しさの実感が湧くまで…。

最後に…私はこの4日間で、様々なことを習得できたことは間違いないようです。福祉に対しての勉強だけではなく、一人の人間として大切で必要なものを、改めて実感させられる4日間となりました。

 



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