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時間はお金には変えられない。とは良く言ったもので。
時間がもし、お金に換算できるならば、一時間いくらだろう。
我慢して頑張った時間を、お金に換算できたとして、そのお金を手に入れたとして、
果たしてそれは幸せなことなのだろうか。
「生きている意味がない」
生きるために仕事をしているはずなのに、日に日に生きている意味が解からなくなる。
生きるために手にしたお金を使う暇もなく、気が付いたら人の為だけに生きていた。
「楽しみが見つからない」
楽しいはずの子育てなのに、可愛いと思う我が子なのに、日に日にそれが薄らいでいく。
自分が楽しめばきっと大丈夫と前向きに行動してみても、その楽しみから逃れたらまたすぐに苦しむことになる。
まるで無限のループにはまったかのように。
人には向き不向きがある。
合っている仕事、合っていない役職…。
でもそれすら自分でも解からなくて、嫌々ながらこなし、時間が過ぎて行く。
毎日毎日同じ風景の中で生きている。
たまに逃げたくなる。だけどそれは向き不向きではなく、ただの我侭なのかもしれない。
だって皆、きっと我慢して頑張って生きている。
だけど、
どんなに我慢して頑張っても、報われなくて
どんなに我慢して頑張っても、何も見えてこないならば
そのループから抜け出し逃げたっていいと思うんだ。
宮崎に転勤になってから、熊本の時と変わらず、否、ますます夫の仕事形態は酷くなった。
1ヵ月に2日くらいしか休みが取れない。休みはあるものの、それを無視してまでも仕事に行かなくてはならない。
労働時間も17時間労働。
訴えたら間違いなく勝訴だろうこの有様。
実績、成績に追い詰められ、毎日顔を合わせば、ため息ばかり。
生きている意味が無い。とまでため息まじりに言葉に出る。
生き甲斐である可愛い子供の寝顔しか見られず、楽しみも見つからない。
そういえば、家族で出かけたことも無かった。
会話すらない。できない。
そう、仕事の愚痴も、育児の愚痴も…
お互い洩らす事もなく、聞くこともなく…
九州オフ会の数日前、私は夫にこんな話をした。
「子供を堕ろしたい」
その日からずっと子供を愛せないという事実。
お腹にいるときも邪魔だった。
生まれてからも邪魔だった。
それがどうしてなのか自分でも解からない。
私にやりたいことがあるから?
それを邪魔されている気がするから?
一度目の流産の時に、悲しみから逃れるため自己暗示と自己改革をしすぎたから?
夫は「オレが仕事ばかりだったせいだ」「数々の新しい土地でお前独りに子育てをやらせすぎた」と言ってくる。
友達は「子育てを頑張りすぎている」「もっと手抜きをしろ」と言ってくる。
私の母親は「まだ自分が一番って気持ちがぬけて無い。このバカ娘。」と怒ってくる。
でも本当に何でなのか解からなくて。
他所のお母さん連中と話すときは、わざとらしく仲のいい親子を演じてしまう。
子供を愛せない事実をどうにかして隠そうとする。
他の母親と比べると、どんどんと不安になる。
やっぱり私はおかしいのか。
なんで私はおかしくなったのか。
泣きながら
夫にすべてを話したんだ。
7/18、2泊3日の九州オフ会の帰り道。
私はある1つの決意とともに帰宅した。
先日、夫と話したこと。
「普通の母親ならば、3日間も子供と離れたら心配になるはず。いとおしく思うはず。」
しかし案の定、私にはそれがなかった。このまま逃げたいとまで思った。
家に戻り、まず娘の寝顔を覗き込む。
いつもと様子が違う。
見慣れないその綺麗でツルツルな肌。
夫と、24時間営業の託児所に育児を任せた3日間で、娘の持病が一時的に治った。
娘は、生まれつきアトピー性皮膚炎で悩まされていた。
ほぼ毎週、小児科と皮膚科を往復。
しかし、その努力がいつまでたっても報われず、症状を繰り返す。
見た目に解かりやすい病気のため、私も嫌気がさす。
そして大きなお世話で、様々な医師が言う。
「子供は言動が思うように行かない代わりに、カクことでストレスを発散する傾向があります。」
「アトピーはほぼ、ストレスや神経的、精神的な病からの現代病です。」
いつもと違う気持ちよさそうな娘の寝顔を見て、
私は愕然とした。
なんかこー、体のどこかの糸が切れるような…そんな脱力感。
その医師の言う意味がようやくわかったような気がした。
私がどんなに頑張って、御飯をあげても、一緒に遊んであげても、時折抱きしめてあげても。
…そもそも頑張ってすること自体が間違いで。
子供にとって、その間違った私の頑張りがストレスでしかなかった。
行動でなく、心を読み取り。彼女は、ストレスを溜めていたんだ。
「どうしたらママに好かれるんだろう。」
「どうしたらママは私だけをみてくれるのだろう。」
娘も頑張っていた。
きっとそうに違いない。
7年間、一緒に生活してきた他人の、
お互いの「意見のすれ違い」が合致した。
離婚という手段をも乗り越え、
お互いの「逃げたいこと、やりたいこと」
お互いの輪円の無限ループに亀裂が入り、
それが∞字に重なり合った。
夫が、仕事を辞めることになった。
そして、
私が、主婦を辞めることになった。
夫が社会から離れて育児をする主夫になり…
私が育児から離れて働き手になる。
そんな簡単に上手く行かないことくらい解かっている。
生活も苦しくなるに決まってる。
男の世界に女が進出すること。女の世界に男が入ること。
体裁、社会的にもやりづらいことも増える。
後ろ指を指されることだってある。
ましてや、
私の手に職があるわけでもない。
あるものといったら、商業高校時代と専門学校時代に取得した会計系の検定資格。
運転免許。熊本の時に取ったホームヘルパーの免許。
過去思い出してみても、なーんのとり得のない一般主婦。
だけど、
「人生一度きりなんだから、たまには変わったことをしてみてもいいんじゃないか。」
ずっと先のことはとりあえずは考えなくてもいい。
失業保険を貰える期間中だけのことでもいい。
今が嫌ならば、今の現状を、自分で変えるんだ。
夫だって、
今まで仕事ばかりで他に目を向ける余裕と暇もなく、やりたいことすら見つけられなかった。
ゆっくりしているうちに見つかる事が必ずある。やってみたいことも見えてくる。
子育て(女)の大変さにだって気付くはず。
私だって、
子供から離れたことで、娘に対してまた違った感情が生まれてくるはず。
新しい生活によって、新しい発想、執筆の作品も生まれてくる。
働き手(男)の大変さにだって気付くはず。
娘だって、
自分を愛してくれる人が、それ(子育て)を望んでいる人に一緒にいてもらったほうが
きっとその方が幸せに決まってる。
私は、涙を拭いて、笑って
夫と自分の背中を同時に押してみた。
私はもうすぐ宮崎を離れ、実家に戻る。
ひとまず、子供を預けて、仕事を決め、新居を構える。
新しい生活がスタートする。
だけど、夢は諦めない。
むしろ今まで以上に、夢を追いたくなった。
人に伝えたい事が増えた。
だから私は変わらない。
このまま変わらずに…
きっと夢にも近づける。
2005 8/1 PM10:00
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